2008-01-28

303 とんでもないおばさんからのお便り 29-01-2008(火)

 先週日本からの手紙を受け取った。筆者が久し振りに年賀状を書いたからだが、まだその住所に居るかどうかも分からない極めて不安定な生活を送っている人だったので、正直返事が来たこと自体驚いた。コルムナ3で登場してもらった元青山のバ-のママさんのおばさんである。今読み返してみると余り詳しくも書いていないので、今週は少しその人生を追記してみよう。
 逃亡先が何故スペイン・グラナダ市だったかは未だに謎だが、安アパ-トや住み込みの家政婦で年寄りの世話をしながら食い繋ぎ、それでも金がなければ日本の年老いた母親の年金から送金してもらうその日暮らし。筆者は散々日本に帰れと勧めたが、余り乗り気ではなかったらしく、向こうの兄弟達と食い潰した遺産相続の件で極めて折り合いが悪いこともあり、何よりそんな金もなかった。その内に仕事もなくなり、滞在ビザなど頭からなく、徐々に換金率も悪くなって来たので、遂に筆者も見かねて飛行機代と当面の小遣い程度の円を用意してあげてちょうど6年前の今頃東京に送り返したと言う次第。
 元々は遺産相続の際兄弟達がそれぞれ弁護士を連れて来たと言うほど資産家の銭ゲバ一家だったらしいが、このおばさんだけが抜け駆けして母親をたぶらかし、勝手に実家を売り払い水商売を開業して放蕩三昧やらかしたらしい。時はバブル最盛期。また、お母さんも大昔文部省指定の小学校の国語の教科書にも教材として載ったほどの何とかの(もう覚えてない!?)お師匠さんだったとのこと。おばさんに拠ればしつけも厳しかったらしい。筆者の見るところ、こんな滅茶苦茶な人生を送りながらもこのおばさんが何とか命拾いしたのはこの幼少期のしつけが根底にあったからだと思われる。普通濡れ手に泡の水商売にどっぷり漬かった阿婆擦れ女なら一日千円の切り詰めた生活や老人の下の世話など思い付きもしないだろう。当時のおばさんの話ではバブルでぶっ潰れた知り合いの多くの水商売のママさん達の思い付くことと言ったら売春しかなかったそうである。そして、帰国してからも食堂の給仕や掃除のおばさんなど何でもやり、やっとのことで江戸川区の生活保護にありつき、守銭奴の兄弟達に養護施設にぶち込まれていたお母さんを引き取って、今は二人住まいで何とかなっているとのこと。これがめでたしめでたしと言えるかどうかは知らないが・・・。

 遠い国からの良い消息は疲れた人への冷たい水の様だ。-----或る昔の偉い人 

 もちろん、筆者にも帰国後一年ほどして貸した金は返してくれました。骨の髄までチャランポランな水商売の女ならこうは行かなかったでしょう。
 確かに売春よりは地球の裏側まで逃げる方がまだマシかも知れませんが、低次元な比較です。間一髪滑り込みセ-フで面白いのは野球だけで、人生も老後もそうはありたくないものです。
 我々も久方振りの消息を誰かに聞いてもらう時、一体どんな印象を与えることでしょう。それは意外と幼少期のしつけが決め手だったりするのかも知れません。

277 各指の独立性を欠けば出来ないアルペジオ 29-01-2008(火)

 故マヌエル・カ-ノ先生はアルペジオの名手で、速くなればなるほど調子に乗って音量も出ていました。正にimaを自由自在に操っていた印象しか残っていません。一体どうすれば少しでもあの境地に近づくことが出来るのでしょう? 何週かに渡ってコルムナして行きましょう。
 さて、どんな名人も自分の苦労しなかったことは生徒に経験として伝えることは出来ません。どうも先生はアルペジオは得意中の得意だったこともあり、大した苦労はしなかった様です。従って、生徒達への説明も指の表向きのことばかりで、今あの頃のことを思い出してもその秘訣については伝え切れていなかったのではないかと思います。と言うか、先生自体が自然に身に付けたもの故にその秘訣に関しては本人も意識さえしていなかったと言うべきでしょう。意識していなければ他人に伝えることさえ思い付きもしなかったのも頷けます。その秘訣とは・・・。
 読者も大先生からギタ-仲間に至るまで色々な人からアドバイスを聞く時、それが指だけについてか、或いは指の土台についてか、どちらについて言っているのか良く聞き分けることが時としてそのアドバイス以上に大切です。多くの場合、上級者に至るまで口にするアドバイスは指に関してだけと言うことが大半な様な気がします。そして、多くの場合それが聞き手にとって実を結ばないのは指の土台がぶれていることを度外視して指の正統派理論ばかり聞かされるからです。このことに言及する上級者もまた少ないのではないでしょうか? それはカ-ノ先生同様、本人がそれについて苦労しなかった故に気付きもしていないと言うことなのでしょう。つまり、上手い人ほど意識することさえなく指の土台がぶれていないから指のことだけ気にしていれば自然に上達するが、いつまで経っても上達しない人は指の土台がぶれている自覚症状はなくても実際ぶれているので、どんなに有益な指のアドバイスを聞いたところで何年経ってもぶれた土台の上には何も建て上げられない。これが症状の根本原因です。指は根本ではありません。
 指の土台とは先週までの言葉で言い換えれば“軸”。歌心と言う情緒的軸と手腕の肉体的軸です。昔からの読者はご存知でしょうが、筆者は基礎を常に肉体的基礎と情緒的基礎に分けてコルムナして来ました。
 それはアルペジオも同じこと。手腕が微動していては速いアルペジオは無理ですし、速くなればなるほど音が小さくなって来ます。それは究極のところ歌心と言う情緒的軸、情緒的基礎のぶれに起因します。これを正さなければいくら世界一正しい指のアドバイスを聞いてやってみても右手各指の独立性など養われては来ません。ima、そして、pもです。

2008-01-21

302 総選挙賭博!? 22-01-2008(火)

 先週お知らせした様にスペインは3月9日の総選挙目指して選挙戦の真っ最中・・・だからこそのニュ-スは先週の土曜日。全くの五分と言われている現在与党の社会党(PSOE)と野党第一党の大衆党(PP)の一騎打ちはどちらが勝つかとのインタ-ネット選挙賭博が大人気だとか。日本ならこう言う社会現象は起こるまい。因みにスペインでは年末年始の2回のクリスマスドリ-ムジャンボ宝くじ以外にも(コルムナ298&299)、国営週間宝くじ、毎日抽選の盲人宝くじ、週二回の数字当てくじ、サッカ-トトカルチョなど、とにかく毎日何かの抽選があると言っていいほどギャンブル大国である。
 筆者はこれを聞いて真っ先に思い出したのが、もう10年以上前のことだが、タイに行ったある日本人の話。バンコク市内の喫茶店に入ったら、昼間からたむろしていた地元の若い連中がいきなり“日本人か、中国人か、韓国人か”と賭けが始まったとのこと。何じゃこりゃ!?
 ところで、モロッコに行くと分かるが、とにかく昼間から仕事もせず街に人がうじゃうじゃいるのは第三世界の共通項らしい。仕事もせんで何やって食っとるんじゃこいつ等と思うのは日本人的感覚で、当事者達はいかに働かずに楽をして生きるかが人生最大の関心事であり、真面目に仕事をしたら損だと心から確信しているフシがある。そうなると手の業より口の業の方が達つ嘘吐き名人となり(同260&265)、働きたくないので賭けに走ることになる。このタイ人達も何にでもチンケな金を賭け合ってその日の飲み代が出ればそれでいいと言う訳なのだ。
 飲み代が出ればそれでいいと言えば、もう30年も昔の話だが、イタリアに団体旅行で行ったある日本人の話を思い出す。もうどこの都市だったか覚えていないが、観光バスが着いたのにある屋台の親父が店終いの真っ最中。現地のガイドの説明に拠れば、今日はもう飲み代が出来たので帰るとのこと!? なるほど、こんな連中と一緒に戦争して日本もドイツも勝てなかった訳だ!?

 惰眠をむさぼる者はボロをまとう様になる-----或る昔の偉い人 

 当たればその人だけは金銭的に豊かになるかも知れませんが、賭けも株も宝くじも実際誰も何も生産していないのですから真の豊かさが生まれる訳がないのです。むしろ、多くの人は手を動かすことがおっくうになり、金があればギャンブルにはつぎ込むが企業を起こそうと言う発想さえないので何時まで経っても産業が起こらず、産業が起こらないので結局国が経済的に不安定になればなるほどますます公営バクチが増える悪循環が何世紀も前から続いているのが第三世界の第三世界たる正体だと言えます。
 一国の貴賎富貴は政治でも政治家でもなく国民の質だと言うことが良く分かる第三世界の一蓮托生方程式です。それはモロッコもタイも理屈は同じ。日本もスペインもそうならないことを祈りますが、目先の欲に捕らわれると口が上手くなるのはスペインの政治家も同じ様です。先週与党のアンダルシア地方大臣が『我が党が政権を取った暁にはアンダルシア人民総てにADSLを無料配布する』と公約!? 投票してもらいたいがための取って付けた様なインスタント公約に対し、野党党首は『無料プレゼントなら車の方がいいんじゃないのか』と皮肉たっぷりに反論!? 余りの程度の低さにスペインインタ-ネットユ-ザ-連盟(そんなもんがあるのか!?)がもっと具体的なインタ-ネット普及方法を考える様政府に要求するとの声明を発表!?
 誰も国民の質の向上が国の繁栄に直結しているとは露にも思っていない様子。いくら政治家が最高の政治をしようが国民が惰眠をむさぼればボロをまとう様になるぞと痛いところを衝く政治家も皆無です。もっとも、そんなことを口にすれば落選間違いなしでしょうからそれは分かりますが、それを家庭で子供の頃から教えてやれば社会は根底から変わって来るはずです。親がまともな人間ならの話ですが・・・。

276 アルペジオの独立性も歌心 22-01-2008(火)

 まず、先週の続きですが、手っ取り早く言えば、全く同じスケ-ルをim&ia&maの3通りでやってみます。或いは逆の指使いmi&ai&amの合計6通りでも結構です。いずれにせよ、これらの指の組み合わせは変わってもこのスケ-ルを表現する歌心は何一つ変わらず一つに保ち、指が変わるごとに頭も指に釣られて別モ-ドに入ってぶれないこと。肉体的にも指が変わったからと言って指以外の手腕がぶれず同じモ-ドであることです。指自体ではなく、歌心と言う情緒的軸と手腕の肉体的軸を指使いの違いに係わらず我関せずと常に同じ一定モ-ドに保つことです。一々imaの組み合わせを我関するから一々別モ-ドに入って歌心も手腕もガタガタになるのです。スケ-ルに係わらずどんな技巧も指使いに係わらずモ-ド変換しないことが各指の独立性の秘訣です。
 さて、スケ-ルの独立性の次は今週からアルペジオの独立性です。特に速くなればなるほどアルペジオは各指が独立していなければとてもじゃないけど弾けやしません。そんなことは読者ももう身に沁みて体験済みでしょう。スピ-ドが出ない、スピ-ドを上げるとすぐに疲れて音が小さくなる、指に拠って音量音質のバラつきがある・・・。
 そのどうしても破れないアルペジオ上達の壁を各指の独立性を増すことに拠って来週からぶち抜いてみましょう。

2008-01-14

301 トルコ首相もアルハンブラの想い出 15-01-2008(火)

 一昨日トルコの首相がアルハンブラ宮殿にやって来た。もっとも、著名人の来訪は頻繁ではないが珍しくもなく、その昔にはビン・ラデンや先日暗殺されたパキスタンのブット元首相、最近ではクリントン元大統領にゴルバチョフ元ソ連書記長も観光に来たことがある。
 そこで昨日の地元紙の見出しは『グラナダは文化融合の大いなる規範である』との首相の談話。読者にはピンと来ないかも知れないが、これはかつてグラナダにはイスラム時代(711?~1492)にアラブ人、ユダヤ人、スペイン人、そして、イスラム教、ユダヤ教、カトリックの3民族3宗教が共存共栄していた(かどうかは疑問だが)こと、また、現在も市内に点在するイスラム系移民の集うモスク(イスラム寺院)のことを指したものだろう。
 アルハンブラ宮殿内の有名なライオンの中庭(現在修復中)のライオン12頭は当時グラナダのユダヤ人共同体が作ってアラブの王に献上した物。12とはユダヤ民族12部族を表す。つまり、当時の歴代アラブの王達はフセインの先祖にも係わらずユダヤ人をむやみやたら迫害したりせず、高官に登用さえしている。商売上手なユダヤ人がいなくなれば国の損失であることを十分知っていたのである。なるほど確かにその意味では文化融合の大いなる規範だとも言えるのかも知れない。
 このユダヤ人を惜しげもなく根こそぎにしたのが1492年1月2日アルハンブラ宮殿を無血入城で陥れてスペインを初めて国家統一したフェルナンドとイサベルのカトリック両王。戦勝の勢いでその3ヵ月後の3月31日ユダヤ人追放令を発布。おまけに魔女狩り(元々ロ-マカトリックがユダヤ人虐めのために始めた)で追い討ちをかけ、追放殺害する前にもちろん財産没収。この金でイサべル女王から資金援助を受けたコロンブスは半年後の10月12日初めてカリブの島々を発見する。元々地球が丸ければ西回りでインドに行って香料貿易で一山当て様との動機だったコロンブスはイサベル女王に原住民を奴隷売買しようと持ちかけている。
 そして、このユダヤ人追放令こそその後現在に至るまでのスペイン経済にとって致命傷になったと言っても過言ではない。ユダヤ人を優遇すれば国が栄え、迫害すれば廃れるのは世界史の常識。もし、読者がスペイン中部南部を旅行すれば延々と続くオリ-ブ畑に圧倒される反面、工場らしきものが殆ど皆無であることにも気付くことだろう。その遠因はユダヤ人を追放したからだと筆者は確信している。それが証拠にユダヤ人を残したバレンシア&カタル-ニャ(州都バルセロ-ナ)地方には今も少しだが重工業が存在する。

 愛と謙遜こそ総ての道徳の内最も麗しく、最も大いなるものである。いかなる儀式、いかなる信条、いかなる教理、いかなる思想も愛なくしては無益である。-----或る昔の偉い人 
 
 そして、いかなる政治も・・・。ユダヤ人を登用した昔のアラブの王様も今日告示された3月9日の総選挙のスペインの政治家も、単に政治的経済的措置を取るだけでその根底に愛がないなら目先の経済効果や社会システムが良くはなっても最終的に国は良くなるはずもありません。それが証拠に早くも始まった舌戦でもテ-マは去年後半に始まった物価の高騰抑制と国民の購買力維持や年金をダシに与党は野党を、野党は与党をけなすだけ。もっとも、選挙演説に愛もへったくれもないのでしょうが、政党が変わり、政治が変われば社会が向上すると本気で思っているとすればそれは愛も知恵もない話です。
 いや、本心は出来るものならライバル政党をけなしまくってぐうの音も出ないほどにやり込めてやろうと言う意気込みさえプ~ンと臭って来るのですから、これは愛どころかむしろユダヤ人の家財没収して追放殺害した精神の方に遥かに近いと言えます。無益に終わらなければいいのですが・・・。
 スペインは年明け早々殺人強盗ラッシュです。日本も同じか!? 愛がないんじゃないのか?

275 スケ-ルの独立性も歌心で総括 15-01-2008(火)

 おそらくほとんどの奏者はスケ-ルはimで弾いているはずです。一番力が入り易いですからね。ただ、まさかmaの人はいないとしても、iaで滅茶苦茶速弾きで音も大きなプロを二人見たことがあります。
 解剖学的にはimは繋がっており、iaは繋がっていないので、力はimだが、iaの方が速度は追求出来ると聞いたこともあります。
 また、imが上手くなりたければ、仮に実践では使わなくてもia&maも練習することだとある日本人有名プロギタリストから聞いたこともあります。偏らないで3本の指の平均化を図ると言うことでしょう。
 先週のコルムナも踏まえて筆者なりに総括しますが、歌心と言う軸がぶれなければ、例え運指や、この場合指の組み合わせが変わっても手も指もぶれずスケ-ルもぶれず、逆に今週の結論として、奏者が精神的不安を覚え、それ故手や腕の肉体的軸、そして、歌心の軸までぶれて、結局指までぶれてしまう様な指の組み合わせのスケ-ルは本人に合っていないとも言えます。
 あくまでも指ではなく歌心。また、歌心を乱す指の組み合わせもまた健全な歌心にとっては宜しくはないと言えるでしょう。とは言え、もちろん苦手な弾き方など頭から止めた方がいいと言う訳ではありません。ただ、高速に入ったからトップギアに、坂道だからサ-ドに落とそうか・・・と円滑なギアチェンジでなければ快適な運転とは行きませんね。一々エンストしてロ-ギアからやり直し、しかも、高速に入ってからもセカンドギアでは歌心も何もありません(コルムナ8)。聴く人にギアチェンジを分からせないのが上手い運転でしょう。
 歌心さえ最高に円滑なら、有名なフラメンコギタリスト、ビクトル・モンヘ・セラニ-トの様にima3本使った神業の様なピカ-ド(フラメンコギタ-のスケ-ル)も可能なのかも知れませんね。凄い独立性です。

2008-01-07

300 祝コルムナ300回 08 -01-2008 (火)

 一昨日知り合いのお婆さんと話をした。どうも旦那の様子がおかしいので昨年末脳外科に連れて行って精密検査してもらったところ脳の萎縮が認められたとのこと。医師から30秒間に思い付くだけの野菜の名前を書けと言われ2つしか思い浮かばなかったらしい。つまり、早い話がボケ老人。もっとも、筆者は以前から旦那のお爺さんも良く知っているが、昔からそんな感じだった!?
 そこで、早速脳の硬化を防ぐ薬を服用しているらしい。また、お婆さんに拠れば最近同じことをぐだぐだ繰り返す様になったとか・・・。これも筆者に言わせれば昔からだが・・・。
 一人息子は仕事の関係で地元には居らず、一人娘も他県に嫁に行っている老人二人暮らし。確かにこれで旦那が今以上に手間がかかるようになれば70歳半ばのお婆さんは大変だろうな・・・。何のことはない。年明け早々人の老いとそれを取り巻く人間模様に国境はないことを思い知らされただけの話である。
 このお婆さんと話した一昨日と言えばクリスマス最終日(コルムナ88&89&298&299)。昨日からは乱痴気クリスマスの勢いそのまま狂気のバ-ゲンセ-ルに突入(同40)。しかし、やはり現実の山河に引き戻されてみればどこの国でも様々な家庭問題に社会問題に金欠病に人間関係に悩み、挙句の果てがボケ老人とは・・・。

なくなる食物のためではなく、永遠の命に至る食物のために働きなさい。-----或る昔の偉い人

 人は何のために生まれて来るのか。これは人類の永遠のテ-マかも知れませんが、こと肉体に関して言えばそれは簡単なこと。人は死ぬために生まれる、それだけのことです。そう考えれば虚しい限りですが、それでもその虚しさに気付かず、勝った負けた、出世した、遂にマイホ-ムを建てた(何十年のロ-ンで!?)、株で儲けた、あ~でもない、こ~でもない、と愚かにもなくなる食物のために一生ぐだぐだ働き続けるのが多くの人の一生かも知れません。
 しかし、紀元前の名作は21世紀でも名作です。とすれば、ある意味人の真価は死んでからが勝負。我々もそれなりの名作を書き上げれば、そして、それが人の心の中に名作として残れば、それはなくなる食物のための人生ではなかったと言えます。その後でボケるのなら、これはもう肉体的にも年齢的にも仕方のないことでしょう。
 そう言われてみれば、確かにこのお爺さんは働き者でしたが、金が儲かれば喜び、儲からなければブツブツ言う人間でした。
 さて、記念すべき第300回目のコルムナ。何か特別なことでも書こうかなとは思いましたが、ボケ老人と言う何気ない普通のテ-マで却って良かったのではないかと思います。もっとも、読者や筆者の社会的活動は何か労働して賃金を得ると言う面からだけ言えばおそらくそれ自体はなくなる食物でしょう。だからと言って職業を変えろと言う意味ではありません。観点をなくなる食物から永遠の命に至る食物に変えれば人生の本質的な何かが確実に変わると言うことです。そうすれば小さな名作劇場も可能ではないかと今年もコルムナして行きましょう。

274 ia&maの独立性も歌心 08-01-2008(火)

 先々週の続きです(コルムナ273)。こちらのギタ-リストを見ていると分かりますが、何を見るかと言うと指ではなく顔なのですが、例えばスケ-ルが終わってアルペジオに入る時、ここからスラ-に入ると言う変わり目など、全く表情が変わりません。日本語で言う“顔色一つ変えない”と言うやつです。ピンチになってもそれを表に出さないポ-カ-フェイスと取れないこともありませんが、むしろ、テクニックの変わり目を全く意識していないから、意識していないものは顔に出るはずもないと取る方が当っているでしょう。
 同じ意識、つまり、同じ一つの歌心の流れの中で無意識にスケ-ル~アルペジオ~トレモロ~スラ-~ハンマリングと複数のテクニックを用いて弾いて行く、しかし、複数のテクニックを用いるが、一つの歌心が故に軸がぶれず、故に手も指もぶれず、更に相乗効果でテクニックの変わり目に動じない平常心が顔にも表れる・・・と筆者は観察します。要するにここはスケ-ル、次は苦手なアルペジオだどうしようと身構えないことです。日本人は一々身構えてその都度ギアチェンジしている人が多いのではないでしょうか? また、教える側もそんな指導をしてはいないでしょうか? その度に軸がぶれるとすれば大いに逆効果かも知れません。
 ia&maのスケ-ルも同じこと。誰でもimよりia&maのキレが悪いのは当たり前。だからこそ意識して特別練習しようと言うのが日本人式かも知れませんが、だからこそ意識さえしないことが却って秘訣かも知れません。
 誰でもいくらアクセルを踏んでも車が発進しないと思ったらサイドブレ-キが掛かったままだったと言う経験はあります。エンジンの問題ではなくサイドブレ-キと言うしがらみの問題なのです。ia&maのスケールに係わらず、これは苦手だどうしようと意識して身構えること自体が多くの場合サイドブレ-キとして作用しているとすれば、ia&maもこれは苦手なia&maだからと身構えずにimと同じ意識で処理すればサイドブレ-キから解き放たれて意外と走り出すかも知れません。

2008-01-01

299 恐怖の2008年明ける 01-01-2008(火)

 新年明けましておめでとうございます。今年もまた週一でお付き合い下さい。
 さて、スペインは恐怖の銭ゲバクリスマスの勢い余って恐怖の2008年に突入(先週のコルムナ)。年末年始のバカ騒ぎも含めてカトリック社会ではクリスマスドリ-ムジャンボ宝くじ第二弾の抽選日6日までクリスマスが続く。
 何が今年はそんなに恐怖かと言えば、公共料金、電気、水道、電話など本日元旦から早速3~5%の値上げ。グラナダの市バスなど10%アップ。
 原材料費や生活必需品が原油高騰の煽りを受けて去年下半期から世界中で値上がりしているのは読者も良くご存知のはず。スペインではまだ始まったばかりと言うのが一般的な見方である。
 同時にこれと口裏を合わせたかの如くスペインでは去年下半期から不動産がダブつき始め、関連産業は一蓮托生で今年は大不況の兆し。そうなると税収の激減が見込まれ、各市町村議会はそれを補うために早くも昨年末から増税の可決ラッシュ。新聞記事に拠ると軒並み30~40%!? こちらの政治家も手加減を知らないらしい。余りの法外さに市民団体や企業が減税交渉する自治体も既に出て来ている。
 こんな調子では今現在最低8ユ-ロ(1330円)の日替り定食が今年は一体いくらになれば気が済むのだろう・・・と言うのが筆者の物差しだから程度は低いが、やがて不動産バブルが弾ければ定食も下がるはずだとすればこれも立派なバロメ-タ-かも知れない。

 しかし、知識は人を高ぶらせ、愛は人の徳を建てます。-----或る昔の偉い人

 知識が人を高ぶらせるなら金はもっと高ぶらせて当然でしょう。そして、人を高ぶらせて落としめる最も顕著なものの一つがまた金かも知れません。 
 しかし、何も金自体が毒でも何でもありません。金を舐めれば死ぬ訳でもありません。また、金銭社会に生きる以上勤勉に働いて糧を得るのは人として当然の義務、税もまたそうです。
 今年は日本もでしょうが、スペインはもっと厳しい一年になるでしょう。厳しいとは主に金銭物価的にと言うことですが、どんなに物価や税金が上がろうが人がまともなら救いは十分にあります。ところが、肝心の人がまともではないからますます金は毒となり、残念ながら今年は恐怖の2008年となりそうです。
 今年もまたそんなニュ-スや事件が大半ならスペイン週間コルムナもまたそれに基く以外ない訳ですが、特効薬は常に隣人愛であり、それが具体的な行いとなって表れる真の隣人愛です。これが根底にあれば狂乱物価だろうが悪代官の年貢取立てだろうが何だろうが人生何とかなります。なければひっくり返って必死で足をバタつかせて徒労に終わるゴキブリの如く、自らのために努力した割には大した徳が建つことはないでしょう。

274 スペインギタ-も歌心で新年 01-01-2008(火)

 新年明けましておめでとうございます。今年もまた週一でスペインギタ-してみましょう。基調はもちろんハ長調でもイ短調でもなく歌心です。
 さて、それにしても筆者にとって昨年一番の衝撃は中国製スペインギタ-とそれをスペインギタ-として堂々と販売するスペインの多くのメ-カ-や日本の輸入業者や店舗の節操のなさ、歌心のなさです(コルムナ271)。楽器に限らず嗜好品の世界では売る方も買う方もその物へ拘りと愛着だと筆者は思っていたのですが、ギタ-業界は売れて企業として業績を上げさえすればそれでいいギタ-ビジネスとしてしかギタ-を見ていないと言うことがこの件で良~く分かりました。
 おまけに年末の最新情報では国産有名ギタ-メ-カ-も市価10万円以下は臆面もなく中国製だとか!? それならせめて電気器具の様にSONY Made in Chinaと表記する良心も全く非表示だとか!? 期限切れや原産国表示がこれだけ社会的事件にさえなっている世相を全く度外視して日本の大手さえ最低限の良識さえなく自社製作楽器として販売するのですから、始まったばかりの21世紀もまた早くも世紀末なのでしょうか。しかも、スペインの有名メ-カ-のラベルが貼ってあれば例え中国製でも日本では何十万円の価格が付いていると聞きました。この点については近々当サイトも大改正して言及する予定です。
 ギタ-その他総ての楽器の演奏もまた歌心がなければ世紀末なのかも知れません。
 今年もまた歌心の良心でご愛読下さい。ia&maのお話はまた来週。